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HaruP WorkS

シンセサイザーやボーカロイドで制作したオリジナル音楽をこっそり紹介

 

[死]を恐れる人間が「死」を自ら選んでしまうこととは 

生きとし生けるものは、死を恐れる仕組みがあるからこそ進化してきたともいえます。

喰われる=死

それをいかに避けるかの限りない生命の生存競争の戦略の数々が、多様性ある生態系をつくってきました。

しかし、自ら死を選ぶことを、この生態系の頂点に立った人間がなぜ自ら選ぶようになってしまったのか?


●死を選ぶこと

死を選ばざるを得ないほどの限界状況に置かれた人の心境とは・・

鬱などの精神疾患によるもの、自らの意思によるもの、他者から追い詰められたもの

状況は色々ですが、自ら死を選んでしまわざるをえない人ならではの業たる精神性の発露なのでしょう。


●何によって死を選ぶのか

特攻隊は、日本国の命運を決する大義のために自らの命を捧げました。

対して、生きるのが辛い状況で選ばざるを得ない極めて私的な死もあります。

どちらに優劣があるなど私には知る由もありませんが、敢えて極めて私的な感覚では、前者は後世に大きな何かが残ったことに対し、後者はひたすら人生の悲哀、辛さを感じます。

死をも超克しようとした昔の勇敢なる武士達の生き様は、葉隠に記された「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という言葉に凝縮されているのでしょう。


●そして死後の世界

言うまでもなく、死は選択の余地無く誰にでも遅かれ早かれ平等に必ず訪れるもの。

世界に溢れる宗教とは、その普遍的である死を見つめることから生じた人類の精神史そのものなのでしょう。

キリスト教における死は、神による最後の審判までの眠りのようなものに対し、仏教では六道を巡る転生輪廻の通過点に過ぎぬものという観念もあります。

そして何故か共通しているのが、死後における「地獄」の概念です。
悪い行いをした者は、現世で裁かれなくとも、地獄行きで償うことになるという観念です。

地獄の描写は実に禍々しくも恐ろしいものです。
永遠に肉体的にも精神的にもあらゆる苦しみを受け続けるという、想像を絶する世界です。

子供の躾に地獄の描写を例にして行う場合は、その子の特性を鑑みて行わないと、相当なトラウマを植え付けることになるかもしれませんので、要注意です。

余談ですが、漫画家の水木しげるさんは、むしろ、その地獄絵図で才能を開花させたのが、これまた世界の妙なるところ。
水木しげるの妖怪画の原点➡正福寺の地獄絵図

死後の世界があるとしたのなら、願わくば極楽浄土、天国に召されたいものです

天使姿のミクさん(MMDで制作)
Tda MIKU Angel2


死後の世界は生きている間は誰にも分かりませんが、その分からない死を見つめることで、今の生き様をどうすべきかという自身の生の在り方に想いを巡らせ、少しでも真善美に近づくことが出来るよう日々過ごしたいものです。

人を呪わば穴二つ・・地獄流しを巡る人間の業を描いたアニメ「地獄少女



(参考リンク)
●死の起源(その1)
●死の起源(その2)
●前世は有るのか無いのか(その1)
●有限の時間と無限の時空
●水木しげる先生
●妖怪とシンセサイザー
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Category: ライフ

Thread: 心、意識、魂、生命、人間の可能性

Janre: 心と身体

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