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HaruP WorkS

シンセサイザーやボーカロイドで制作したオリジナル音楽をこっそり紹介

 

シンセサイザーの大家「冨田勲」御大への追悼文 

私の旧知の友に、nemoさんというシンセサイザーのスペシャリストがおります。何が凄いって、古今東西の名機から珍品レアな機種まで、それらの機能と特徴を大凡知り尽くしているという博識ぶり。
当然、シンセを使ったアーティストやクリエーターにも明るく、この度の冨田勲氏の逝去に、彼も私と同じく喪失感を伴う大変な悲しみの渦中にあります。

その彼から、冨田勲氏への追悼となるコメントをいただきましたので、許可のもとご紹介したいと存じます。

彼のような世界中のシンセやその業界を知り尽くした人による解説で、まさに「神」に等しい存在である冨田氏のお人柄、そして稀有なる天才たる才能の片鱗を知っていただくことで、レジェンドである冨田氏の追悼となればと存じます。

以下、nemoさんによる追悼文です。(一部、実際の楽曲のYouTubeリンクと写真及びキャプションは、私の責において貼っております)


冨田御大は、私にとってヴァンゲリス御大とならぶ、双璧の神であった。

氏は、シンセを導入する前から既存の楽器に物足りず、たとえばオーボエとフルートとの中間のような音がほしい、それも二つをユニゾンさせたのではダメで、ほんとうに音色として中間の音がほしい、などと、ひんぱんに思っていたらしい。

氏が若かりしころ、NHKに居候してたら、明日から料理番組が始まるから明日までにテーマ曲を作って欲しいと夜の8時ごろになって無茶ぶりされ、たまたまマリンバ奏者とパーカッション奏者がいたので、ではそれでできる曲をってんで「きょうの料理」のテーマ曲を15 分ほどで書き上げ、その晩のうちに録音してしまった。
そんな曲でも、ちゃんと伴奏に、まな板を包丁でたたくような音がパーカスとして入っているから凝ってる。

「きょうの料理」




「新日本紀行」のテーマ曲をつくったときは、拍子木の音にだけ NHKの非常階段を使って天然リバーブをかけた。まだシンセはおろかエフェクターもほとんどなかった時代であり、わざわざ録スタからマイクとスピーカーとを非常階段までひっぱってきて録音したらしい。

「新日本紀行」のテーマ曲




NHKには、当時まだめずらしかったイコライザーとかがあり、氏はこれをたいそうよろこんで使い倒し、音を加工しまくり、それでしょっちゅうサウンドエンジニアに怒られては喧嘩していたらしい。

あるとき、イギリスに「ふぁず」というエフェクターがあると聞いた氏は、さっそく友人に頼んでそれを送ってもらい、ためしにそれで音を加工し出してみたら、これが聴いたことも無いかっこいい音がする。さっそく氏は、時代劇のワンシーンで、侍が二人、刀を抜いてにらみあっている場面にて、これを使い「びゃーん」とオーヴァードライヴしたサウンドを流し、そのかっこよさに悦に入ってたら、レコーディングエンジニアがヘッドフォンをかなぐり捨て怒り出し、曰く

「音が歪んでますっ!!」と(爆)。

まぁ当時は原音忠実、ハイファイに録音することが至上命題だったわけで、氏のように音を歪ませて加工するなどという発想は、ぶっちぎりすぎて誰も追いつけなかった。

そんなふうに、エンジニアと喧嘩ばかりしてきた氏にとって、moog IIIpとマルチトラックテープレコーダーとは、理想の楽器だったのだろう。羽田空港事件をはじめとする苦労話の数々は、まさに先駆者ならでは。だいたい、氏がシンセ音楽で売れて押しも押されぬ存在になり、'80 年代前半のNHK大河ドラマ「徳川家康」の音楽を任されたときも、「生のストリングスを、ストリングスらしくない音で録音したい」などと言い出しては、またサウンドエンジニアと喧嘩。
「シーケンサーと同期させたいから、生楽器演奏者にヘッドフォンかぶってもらってクリックを聴いてもらい、それに合せて演奏してもらいたい」 と言っては断られ、仕方なく Roland MC-8 のテンポインジケーターの LED を、ビデオカメラでドアップで撮影し、それを録スタのあちこちにおいたモニターテレビに映し出し、大きなピンボケ映像となったLEDの点滅テンポに合わせてオケに演奏してもらったという。
今ではヘッドフォンかぶってクリック聴きながら録音なんて、ごく普通に行われていることだが、YMOが大人気であった当時ですら、まだ一般的には拒否感が激しかったのだ。

写真1:moog IIIp

moog IIIp Img

大河ドラマ「徳川家康」OP曲




それでもなお、みずから信じた道を突き進んだ氏あってこその、今の DAW全盛期。

余談だが、'80 年代になって TPO という日本で初めてフェアライトCMIを使ったグループがおり、彼らは冨田御大の羽田空港事件を良く知っていたので、フェアライトCMI を輸入するにあたり、鍵盤は「楽器です」、CRTモニターは「テレビです」、ASCII キーボードは「タイプライターです」、CPU含む本体は「七宝焼きの窯です」などといい加減な申告をし、無事に税関を突破している(爆)。

写真2:フェアライトCMI(確かに下部にある本体は窯にみえなくもないですねw)

フェアライトCMI


さて、私が生まれて初めて買ったアルバムは、アナログ盤の冨田版「惑星」。すでにテレビ番組の BGMなどでヴァンゲリスなどに傾倒していた私だったが、当時は情報がとぼしく、誰の曲か分からず、ただシンセサイザーというものに強く憧れていた。それで試しに冨田版「惑星」を買って聴いてみた。そして初めて本格的に耳にするシンセサウンドの幽玄さ、奥行きの深さというか次元感覚に、私は、聴き返すたびにどんどんはまっていった。極端なパンニングや音の遠近感を利用した音場空間演出にも、大いに魅了され、未だに影響を受けている。

冨田勲 - THE PLANETS/組曲 惑星:Jupiter/木星よりthe Bringer of Jollity  (1977)




また冨田御大は、宅録という概念も、私に教えてくれた。俺一人でも音楽ができる!!という夢を与えてくれた。

それからはレコード屋へ通い倒し、シンセサイザー音楽という当時ならではのコーナーへ入りびたり、なけなしの小遣いはたいて、冨田御大やヴァンゲリス、ジャール、などなどのアルバムを、かたっぱしから買い集めることになる。

歳月は流れ、数年前には、冨田御大のコンサートにも出かけ、そこで CDにサインしてもらい、握手までしてもらった。この手が数々のシンセを操作し、百回オーバーダビングしてはサウンドをつくりあげてきたのだと思うと、シンセの歴史そのものと握手している気がして、私は失神しそうだった。

未だに、冨田御大の「惑星」の音が出るシンセには、出会ったことが無い。それくらい氏のサウンドは、凝り凝りに、ねり込まれている。

ご逝去あまりにも急すぎ、ただただぼうぜんとするばかり。
とにかく、音楽を作るのに使われた天界のウェーヴとともに、天界の果てへ終わりなき旅に旅立たれた冨田御大の、その旅路の安らかなるを祈願する。

[冨田御大が出演しているテレビコマーシャル]



[冨田御大がCASIO CZ シリーズのテレビコマーシャルに出演]



[冨田御大が監修した CASIO Cosmo Synthesizer の映像]:サンプラー ZZ-1 に加え、CZ音源がいくつもラックマウントされているのがわかる。プロトタイプしかつくられず量産されなかったレアな機種。冨田御大のライヴで使われた。




[冨田御大のプライベートスタジオを訪問するマイケルジャクソン]:シンクラを弾いている。





引用終わり

nemoさん、とっても貴重な逸話、そして在りし日の御大の姿をうかがえる映像のご紹介、誠にありがとうございました。

シンセサイザーの創造世界の素晴らしさを、世界中の音楽を愛する人々にもたらされた冨田勲氏のクリエーティビティと偉業の前に、あらためて謹んで哀悼の意を表します。

<参考リンク>
●世界的シンセサイザー奏者の冨田勲氏が死去
●シンセサイザー界の巨匠「冨田勲」師考
●シンセ界の巨匠「冨田勲」と初音ミクとの世界初演!!!
●冨田勲と初音ミク~時空を超えたアーティストの饗宴~
●シンセ界の巨匠「冨田勲」と「初音ミク」のコラボ実現の秘密とは!
●初音ミクがアーティストとして登場!?YahooのPR広告企画が面白そう
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Category: シンセサイザー

Thread: DTM、宅録、ミックス、レコーディング、機材

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