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HaruP WorkS

シンセサイザーやボーカロイドで制作したオリジナル音楽をこっそり紹介

 

AIと愛? 

AI(Artificial Intelligence:人工知能) はSFの題材には事欠きませんが、一般のニュースでも最近良く耳にするようになってきました。

たまたま拾ったニュースで面白い記事が。

技術的にはいい線いってる?「AIとの恋愛は可能か」専門家の意見は〈AERA〉

短めの記事なので、リンクが消える前に引用します


AIと恋に落ちることも可能になる?

 近年、技術の進歩が著しい人工知能(AI)。技術がさらに進めば、人はAIと恋に落ちることも可能になるのでは……? そんな疑問を専門家にぶつけてみた。

「AI元年」とも呼ばれた2015年。それなら将来は、「人間とAIの恋愛」もできるようになってもいいのではないか。東京大学大学院准教授の松尾豊さん(40)にぶつけると、こう返ってきた。

「部分的には実現していると思うのですが」

 例えば、LINEなどに投入されるAI「りんな」(マイクロソフト)。「彼女」とまでは言えないが、「一緒に晩ご飯食べに行こう」と打てば、「やったー! 行く!」などと、極めて親密な連続対話を体験できる。しかし、「言葉として理解しているわけではありません」と松尾さん。

 なぜなら、AIにとって言語は単なる文字の羅列にしか過ぎないから。入力された記号(言語)に対し、「ふさわしい」と判断した記号をパターン化して返しているだけ。

 それでも人間というものは、親近感を持ってしまう。

「相手の言葉に『なぜ?』と続けて応答するだけでもいい。1960年代に開発されたソフト“イライザ”が古典的な例です」(松尾さん)

 恋人に求めるものは、「会話のノリ」「趣味の合う人」。よく言われることだ。これもクリアは容易かもしれない。

 昨年、米グーグルが発表したリポートによれば、映画の脚本を学習させると、言葉の選び方や語尾が「それっぽく」なる結果も出ている。

 AIと恋愛。そもそも、社会的に必要なのかどうかの議論はともかく、技術的には、かなりいい線のモノができるところまで来ているのかもしれない。

 ところが、恋愛の先には喜びや、場合によっては嫉妬の気持ちまで存在する。AIが人間並みにそこまでたどり着き、表現するまでには、はるか長い道のりが待っている。

 なぜか。松尾さんは、「人間は社会的な動物だから」と言う。

 社会的なつながりのなかで、自己を発見し、また他者に働きかけることで達成感を得る。このことを、長い長い進化のプロセスを経て、人間は獲得したのだ。AIには、まだ早い。



●心が無いAIに愛を感じる?

記事にも書いてあるとおり、当たり前のことですが、AIには「心」がありません。
人と対話するように作られたAIには、あらかじめ反応パターンが記憶させてあり、プログラムにより入力された情報に合わせて反応する手順が組まれているにすぎません。

面白いことに、心の無いAIの反応に対して人間のほうが一方的に愛着をもってしまうところです。

もう過去のものとなりましたが、AIBOのような愛玩ロボットに対して、中身がただのプログラムされた反応にもかかわらず、次第に人間が自分の所有するAIBOに親しみを感じ癒されるというのは不思議な現象です。

どうやら人は対象に「心」が無くとも、愛情や親近感を表す一定のパターンが返ってくれば愛着を感じてしまう心理作用があるのです。

心が無いものに、心動かされるという人間心理の複雑怪奇、不可思議なところでしょう。

ちなみに「心」を生み出す「自己」とは社会との関わりのなかであらわれる「社会現象」であるという社会学的考察に興味のある方は、この本が入門としてお勧めです。

自己と他者の社会学

「私という社会現象」に迫る――自己意識や自己イメージは,社会の中で,他者とのかかわりを通して形成され,社会や他者とのかかわりの中で絶えず変化していく。「社会現象」としての「私」に着目し,社会学的アプローチの魅力を明らかにする現代的テキスト。



●「AI」が作曲した音楽に人は心動かされるか?

AIが進化すれば、人間の文化的活動にも活用されることが広がってくるでしょう。

現在でも自動作曲機能を備えたソフトがありますが、仕組みは予め人が考え打ち込んでおいた一定のパターンの組み合わせで楽曲が出来上がるもので、完全なオリジナルとして自動作曲されるものではありません。
しかしAI技術の進歩のなかで作曲プログラムが高度化され、予め打ち込んだパターンではなく、完全なる「理論」によりAIから生成されたオリジナル楽曲が出現したとき、人はそれに感動できる時代がやってくるでしょうか?

もし、仮にそうなったとしたら、AIという「心」が無いものが創作するようなことに対しても、人間だけの営みであったはずの文化を生み出す存在として認められるのでしょうか?

ちなみに、私の楽曲は全て打ち込みによる生演奏ではない音楽です。
ボーカルですら生声ではなくボーカロイドに歌わせています。
生演奏ではないのですが、でも「人」が常に主役である創作物であることは、他の音楽作品と全く同じです。
どんなシンセの音色でいかなるフレーズで、そして音楽的にこんなふうに重ね合わせて展開するかという構想を立てながら、シンセサイザーやDAWを自分で操作し関与するなかで作り上げております。
私自身が心動かされるなかで体験獲得してきた音楽的嗜好を、「私」という「創作する自己」の存在における手段(電子音による楽曲制作)の結果が作品となっているのです。

AIは量子コンピュータが実用化され応用されることで、シンギュラリティ(技術的特異点)が引き起こされる可能性が示唆されています。
そうなった将来、人間である作者の創作を誘う動的な「心」が投影されないAIによる作品がこの世に出て、それらを人々が鑑賞するようなことが実現してしまった時、人間存在とはいったい何なのか?また創作するような高度な人工知性が、そもそも鑑賞という行為を行いそこに意味を見出すのであろうか?と哲学的にも興味ある出来事になってきそうです。

(参考リンク)
・音楽制作に必要な才能とは?
・ボーカロイドとは何者なのか?

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Category: 音楽考

Thread: DTM、宅録、ミックス、レコーディング、機材

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