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HaruP Works

シンセサイザーやボーカロイドで制作したオリジナル音楽をこっそり紹介

 

音楽もスポーツ? 

音楽は楽器の演奏においては身体を使った芸術でもあるといえます。DTMによる打ち込みが制作の主流になったといっても、プロのレコーディングにおいてはスタジオでの生演奏のレコーディングが王道で、またライブでの演奏は当然体力勝負というのが今も変わりなく行われています。

●芸術は身体を使う
芸術は精神活動であると同時に生身の体、身体を使った表現活動でもあります。
つまり[心身一如]であるところに、その妙があります。

(もちろん、その身体性がコンピューターの進歩とともに、仮想性が高まっているところは論を待ちません。)

特に楽器演奏は「時間芸術」を紡ぎだすものでもあり、ほんの一瞬ですら音となって変化する表現との格闘が演奏者には求められます。

だからこそ楽器演奏の習得には、練習に継ぐ練習、つまり日々の鍛錬が重要です。
これは、いわば身体を極限まで鍛えるスポーツと同じプロセスともいえます。


●スポーツ医学はあるが・・?
当然、身体を酷使することで起きる様々な障がいにもつながり、スポーツには医学的なアプローチが早くから行われてきました。
ところが、同じ身体を鍛錬し使うはずの音楽分野においては、医学のアプローチとしては[音楽療法]など、どちらかというと聴く側に特化した印象があります。
しかしながら、昔から楽器のトレーニングで、様々な「障がい」が起きていることも事実です。

ピアニストなら腱鞘炎(局所性ジストニアなども含みます)が有名ですし、ドラマーは腰椎などを起こしやすいことも知られています。
もちろん症状がでたら治療行為として医学的には療法はあるとしても、スポーツ医学ではトレーニングにおける予防法なども研究されているわけで、楽器トレーニングや演奏者のための医学的なアプローチは、はたしてされているのか?という興味がわいてきました。

●音楽家のための医学研究

そこで調べてみると、なんとありました!

その名も「音楽医科学研究センター

画像:音楽医科学研究センターのトップページです

音楽医科学研究センター


この研究センターの概要を調べてみると、音楽家、演奏者のための総合医学を目指しているそうです。
おお、まさにスポーツ医学に相当する研究や障がいが起きないようにするための予防対策が、音楽分野で専門研究されているのです!

これから、さらに研究が進み、より高みを目指した演奏技術の正しい形での習得や、演奏初心者が体を労りながら飽きないためのトレーニング等の裾野の広がりを図るなど、とっても有望な気がしました。


さてさて、こんなことを書き綴りつつ、私自身はどうなんだ?というと、楽器演奏のトレーニングがとても苦手なまま、音楽制作することのほうに興味が特化しシンセをいじりたおしているうちに、気が付いたらにロクな演奏が出来ないまま今日を迎えております(^^;

私は趣味での制作中心でライブをしないので特に問題はないのですが、楽器演奏が出来たら作曲の効率や引き出しも増えつつ楽曲表現も広がるでしょうし、何より思いつたフレーズを即興で弾いたりお気に入りの曲を演奏できたりするのは、とっても気持ちよく楽しいことに違いありません。

もしも~♪ピアノが弾けたならぁ~♪想いの~♪ (やっぱ名曲ですねぇ^^


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AIと愛? 

AI(Artificial Intelligence:人工知能) はSFの題材には事欠きませんが、一般のニュースでも最近良く耳にするようになってきました。

たまたま拾ったニュースで面白い記事が。

技術的にはいい線いってる?「AIとの恋愛は可能か」専門家の意見は〈AERA〉

短めの記事なので、リンクが消える前に引用します


AIと恋に落ちることも可能になる?

 近年、技術の進歩が著しい人工知能(AI)。技術がさらに進めば、人はAIと恋に落ちることも可能になるのでは……? そんな疑問を専門家にぶつけてみた。

「AI元年」とも呼ばれた2015年。それなら将来は、「人間とAIの恋愛」もできるようになってもいいのではないか。東京大学大学院准教授の松尾豊さん(40)にぶつけると、こう返ってきた。

「部分的には実現していると思うのですが」

 例えば、LINEなどに投入されるAI「りんな」(マイクロソフト)。「彼女」とまでは言えないが、「一緒に晩ご飯食べに行こう」と打てば、「やったー! 行く!」などと、極めて親密な連続対話を体験できる。しかし、「言葉として理解しているわけではありません」と松尾さん。

 なぜなら、AIにとって言語は単なる文字の羅列にしか過ぎないから。入力された記号(言語)に対し、「ふさわしい」と判断した記号をパターン化して返しているだけ。

 それでも人間というものは、親近感を持ってしまう。

「相手の言葉に『なぜ?』と続けて応答するだけでもいい。1960年代に開発されたソフト“イライザ”が古典的な例です」(松尾さん)

 恋人に求めるものは、「会話のノリ」「趣味の合う人」。よく言われることだ。これもクリアは容易かもしれない。

 昨年、米グーグルが発表したリポートによれば、映画の脚本を学習させると、言葉の選び方や語尾が「それっぽく」なる結果も出ている。

 AIと恋愛。そもそも、社会的に必要なのかどうかの議論はともかく、技術的には、かなりいい線のモノができるところまで来ているのかもしれない。

 ところが、恋愛の先には喜びや、場合によっては嫉妬の気持ちまで存在する。AIが人間並みにそこまでたどり着き、表現するまでには、はるか長い道のりが待っている。

 なぜか。松尾さんは、「人間は社会的な動物だから」と言う。

 社会的なつながりのなかで、自己を発見し、また他者に働きかけることで達成感を得る。このことを、長い長い進化のプロセスを経て、人間は獲得したのだ。AIには、まだ早い。



●心が無いAIに愛を感じる?

記事にも書いてあるとおり、当たり前のことですが、AIには「心」がありません。
人と対話するように作られたAIには、あらかじめ反応パターンが記憶させてあり、プログラムにより入力された情報に合わせて反応する手順が組まれているにすぎません。

面白いことに、心の無いAIの反応に対して人間のほうが一方的に愛着をもってしまうところです。

もう過去のものとなりましたが、AIBOのような愛玩ロボットに対して、中身がただのプログラムされた反応にもかかわらず、次第に人間が自分の所有するAIBOに親しみを感じ癒されるというのは不思議な現象です。

どうやら人は対象に「心」が無くとも、愛情や親近感を表す一定のパターンが返ってくれば愛着を感じてしまう心理作用があるのです。

心が無いものに、心動かされるという人間心理の複雑怪奇、不可思議なところでしょう。

ちなみに「心」を生み出す「自己」とは社会との関わりのなかであらわれる「社会現象」であるという社会学的考察に興味のある方は、この本が入門としてお勧めです。

自己と他者の社会学

「私という社会現象」に迫る――自己意識や自己イメージは,社会の中で,他者とのかかわりを通して形成され,社会や他者とのかかわりの中で絶えず変化していく。「社会現象」としての「私」に着目し,社会学的アプローチの魅力を明らかにする現代的テキスト。



●「AI」が作曲した音楽に人は心動かされるか?

AIが進化すれば、人間の文化的活動にも活用されることが広がってくるでしょう。

現在でも自動作曲機能を備えたソフトがありますが、仕組みは予め人が考え打ち込んでおいた一定のパターンの組み合わせで楽曲が出来上がるもので、完全なオリジナルとして自動作曲されるものではありません。
しかしAI技術の進歩のなかで作曲プログラムが高度化され、予め打ち込んだパターンではなく、完全なる「理論」によりAIから生成されたオリジナル楽曲が出現したとき、人はそれに感動できる時代がやってくるでしょうか?

もし、仮にそうなったとしたら、AIという「心」が無いものが創作するようなことに対しても、人間だけの営みであったはずの文化を生み出す存在として認められるのでしょうか?

ちなみに、私の楽曲は全て打ち込みによる生演奏ではない音楽です。
ボーカルですら生声ではなくボーカロイドに歌わせています。
生演奏ではないのですが、でも「人」が常に主役である創作物であることは、他の音楽作品と全く同じです。
どんなシンセの音色でいかなるフレーズで、そして音楽的にこんなふうに重ね合わせて展開するかという構想を立てながら、シンセサイザーやDAWを自分で操作し関与するなかで作り上げております。
私自身が心動かされるなかで体験獲得してきた音楽的嗜好を、「私」という「創作する自己」の存在における手段(電子音による楽曲制作)の結果が作品となっているのです。

AIは量子コンピュータが実用化され応用されることで、シンギュラリティ(技術的特異点)が引き起こされる可能性が示唆されています。
そうなった将来、人間である作者の創作を誘う動的な「心」が投影されないAIによる作品がこの世に出て、それらを人々が鑑賞するようなことが実現してしまった時、人間存在とはいったい何なのか?また創作するような高度な人工知性が、そもそも鑑賞という行為を行いそこに意味を見出すのであろうか?と哲学的にも興味ある出来事になってきそうです。

(参考リンク)
・音楽制作に必要な才能とは?
・ボーカロイドとは何者なのか?


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音楽の起源とは? 

音楽を聴いていいなぁとか、感動したり琴線に触れるのは人間だけです。

でもそれって、いったい何で、いつ頃からなんでしょうね?

もちろん動物も音を認識しますが、それらを楽しむ形にまで作ってきたのは人間だけが築いてきた「文化」ともいえるからでしょう。

●音楽の起源

では、人間はいつから音楽を楽しむようになってきたのか、その起源を探るのにあたり色々と調べてみると、学問的には諸説あるようです。

・言語起源説(合図起源説含む)
・進化論的起源説
・リズム起源説
・肉体衝動説
・労働起源説
・求愛起源説(進化論的起源説にも含まれる)
・模倣起源説
・宗教的行為起源説(呪詛起源説含む)
・情報起源説

その他諸説あり

とまぁ少し調べただけで、いっぱい出てきてしまいました。
それぞれの説について言及するとそれだけでも膨大になってしまいますので、今回は以前私が書いたブログから起源のキーワードとなる気づきのひとつを引用したいと思います。


●人が生まれた時に初めて聴く音

皆様、赤ん坊だった頃の記憶で覚えていることってありますか?

私のおそらく一番古い記憶は、ベビーベッドに寝かされたとき、天井から吊ってあった回転するメリーゴーランド?のようなおもちゃの姿です。音は鳴っていたような気がしますが、思い出せません。
音の原初体験そのものを思い出すのは難しいものかもしれません。

でも、誰でも最初に必ず聴く音だけは確実に回答できます。

そう、母親の「心音」です。

考えてみれば当たり前のことなのでしょうが、実はこれで非常に面白い記事を紹介したことがありますので、再掲といたします。


●本能が昂るビートとは

以下、その時のブログ内容を引用したいと思います。

本能が昂るビート!!【胎児とダンス】



テクノをはじめとするダンスミュージックや民族音楽のビートに、人は民族、文化そして時代を超えて昂り高揚するのは何故なのか?
分かるようで意外と分からない謎でしたが、ネットでの話題で、おおお!!これだああああという記事を発見!

テクノや民族音楽で「本能が昂ぶる」理由が解ける動画比較

このリンク先を詳しくはみていただいてもOKですが、YouTubeにアップされていますので、このブログでもリンクを使って紹介します。


[1]まず、この動画のミニマルテクノをしばらく聴いてみてください。(22分辺りからの再生推奨)






[2]いったん止めて、次の動画を再生してみてください。





なんというシンクロ率でしょうか!

記事の紹介で[1]の動画では、22分あたりからを是非、一度繰り返し聴いてから、[2]を視聴してみみてください。これを繰り返していると、だんだんと二つの音が同期しているかの感覚を受けます。

母が奏でる<鼓動>ビートに包まれて我々は育まれ、そしてこの世界に生まれ、そして、また新たなビートに高揚するのが、まさにこの理由だったのです!

宇宙は鼓動に溢れ、生命が躍動する!
これぞ、ダンス!!

というわけで、この素材を元に、かなりざっくりとしたリミックスしてみました。
ミニマルなビートに絡む鼓動が、胎児が母親のお腹の中で聴いてるサウンドです。
(注:スマートフォンの閲覧では、プレーヤーが起動しません。)

【胎児とダンス】remixed








なんという親和性でしょうか。リミックスしてて、ぬおおおおと(┘;°Д°)┘



人種を超えて存在する音楽の起源って、命の誕生と関係しているのかもしれませんね。

これからも音と音楽の摩訶不思議について、音楽制作を進めながら考察を続けていきたいと思います。

画像:「自然音 胎内で聴こえる音」のサムネ
胎内で聴こえる音


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平沢進師匠きた! 

けいおん!の平沢唯のお父さん?としてある筋では有名な平沢進師匠(嘘ですw)の特集記事がSound Recording Magazine 2月号の巻頭飾っております!

写真:Sound Recording Magazine 2月号の表紙でごんす。

平沢進師匠

こ、これは!師匠大好きな私としては買わざるを得ません(^ω^!

ちなみに「師匠」をつける理由は、知る人ぞ知る平沢進を呼ぶときの愛称のようなもので、いつ頃から使われているかは私は知りません。

テクノ系では強烈な個性と独創的世界観を築き上げてきた息の長いコアな人気を誇るアーティストです。
この鬼才かつ天才的なアーティストを語るには、私なぞ師匠のごく一面しか知らないため、多くを語ることが出来ませんが、シンセの音色を重層的に使い分け独特の曲想として音楽を構築し、またどうやったら思いつくんだろうなぁ?という不可思議な歌詞の魅力があります。
そして師匠の伸びやかでいて壮大に歌い上げるボーカルがまたたまらんのです。
もう師匠の歌唱を再現するボーカロイドで欲しくてたまりません。(ただ平沢進のボーカルは、現在のボーカロイドが苦手とする声色と表現性であると思いますので技術的にはまだ再現が難しいでしょうね)

サウンドデザインにおいても音作りに師匠の音楽世界観を表現するための工夫がされており、壮大あるいは壮麗であったり、懐古的でもあり、はたまた未来的でもあり、アジアン的な異国情緒もある哀愁漂う唯一無二な魅惑的なサウンドを聴くことができます。

で、記事を読んで驚いたことに、ローランドからTASCAM(今やギターのギブソンの子会社)に身売りされた斜陽まっしぐらのCakewalk Sonarユーザーであることを発見!!

なんと師匠の作業用のDAWは、SONAR X3 Producerとのこと。

おお、これだけでも、私がつくづくSONARユーザーで良かったと!思える瞬間でした。

さてここで平沢師匠の名曲「論理空軍」をご紹介したいと思います。ソロも良いのですが、1999年当時組んでいたバンド(P-MODEL)のメンバーのアレンジが師匠らしさと化学反応を起こしており大好きな作品のひとつです。
歌詞といい、サウンドの展開といい、当時のレア&マニアックなパソコン(AMIGA)によるCGをフィーチャーとか、まさに鬼才です!




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無音の音楽 

音楽とは、言うまでもなく「音」を楽しむものです。人間にとって音とは、前回のブログで書きましたように状況によって変わり、関わり方は世につれ人につれ色々です。

そこには、「音」が環境であろうと、パーソナルであろうと「有る」ことが前提でした、


●「無音」も音楽?

ところが、「音」が「無い」ということも音楽で成立してしまっていることをご存知でしょうか?

最近のニュースでは、無音の音楽というものがヒットチャートに!?

1分間の沈黙を収録、難民へささげる「楽曲」がiTunesで1位に

こちらは寄付を募るための話題作りとしての要素が強いですが、楽曲として実は、1952年に4分以上も全く演奏されない楽曲が作曲されたことをご存知でしょうか?

現代音楽の巨匠であるジョン・ケージという人の作品で、なんと4分33秒間、沈黙の音楽があるのです。

演奏の休止を意味する「tacet」のみが第3楽章にわたり記してある楽譜で演奏?します。

とってもシュールなので、以下の演奏会の様子をば。

John Cage - 4'33"


フルオーケストラで、指揮者がひたすら沈黙し、超絶な演奏力をもつ楽団員もひたすら沈黙し、そして観客もひたすら沈黙するというコンサートですw

楽章の切り替わりの間で咳き込む観客がいっぱいいることや、最初と最後の拍手のとところは通常の公演と変わりありませんね。

この曲はオケでは珍しく、ピアノで演奏?されることが多い曲のようです。


●「無」であるからこそ「有」がある

さて、このシュールな演奏?では、演奏が無いのに音楽というところですが、実にこれは音楽の本質を表しているのではないでしょうか?

実際、私たちは音楽を傾聴するとき、無音を想定しております。
どんな静かな環境でも無音ということは無く、耳には必ず何らかの音が入ってきているのですが、無意識に観念的には「無」としているからこそ、「有」である聴こうとしている音楽に聴き入ることができるのです。

そして、一人の演奏者という個人から合奏、そして聴衆まで含めた全てのスケールと環境において通底している観念なのです。

無であるからこそ有である音楽が存在しうる。そして、無と有の間で、音楽の様々な技巧、表現が成立していることを改めて発見することが出来ます。


●「0時間」の音楽とな?

ところで、先にご紹介した無音音楽はいずれも、「時間」という概念があります。

芸術で例える場合、音楽とは「時間の芸術」でもあると表現されるとおり、この曲は何分という具合に、音楽とは経過する時間でしか存在しえないものでもあります。

先にご紹介したジョン・ケージの凄いところは、その部分をも意味解体してしまったところです。

曲「4分33秒」の10年後の1962年に発表された「0分00秒」が、まさにそれです。

いったい0時間の音楽とは・・?

実に哲学的な迷宮に入りそうです。

様々な音楽と戯れつつ、その面白さは尽きることがありませんね。


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